今日のプレイリスト#14 「Bud Freeman (バド・フリーマン)」

今日のプレイリスト#14  「Bud Freeman (バド・フリーマン)」

今日のプレイリスト。14回目の今回はスウィングジャズのアーティスト「Bud Freeman (バド・フリーマン)」です。


下北沢で行きつけにしているレコード屋さん「フラッシュ・ディスク・ランチ」で購入しました。


このお店は、私が世田谷に住み始めて間もないころからずっと通っているレコード屋で、お店がある限り有効なポイントカードは、50スタンプ貯まると15,000円以下のレコードを何枚買っても半額というやばいシステムが人気のお店です。


小田急線での帰り道に不意に途中下車したくなる場所「下北沢」

シモキタで降りたら必ずここに立ちよって、レコードを何枚か買って買える。

そんなことをかれこれ5年位、繰り返しています。



ローレンス・"バド"・フリーマン(1906年4月13日 - 1991年3月15日)は、テナーサクソフォンやクラリネットを演奏することで有名な、アメリカのジャズミュージシャン、バンドリーダー、作曲家でした。


1922年に、フリーマンと高校時代の友人たちがオースティン高校ギャングを結成しました。フリーマンはジミー・マクパートランドやフランク・テスケマッカーなどのバンドメンバーと一緒にCメロディーサクソフォンを演奏しましたが、2年後にテナーサクソフォンに切り替えました。そのバンドは、ニューオーリンズ・リズム・キングスやルイ・アームストロングの影響を受けました。アームストロングがキング・オリヴァーのクレオール・ジャズ・バンドに在籍していた間、フリーマンはマクパートランドと一緒にリンカーン・ガーデンズで演奏を鑑賞しました。彼らは「アリゲーターズ」とあだ名されました。

 

1927年、彼はニューヨーク市に移り、レッド・ニコルズ、ロジャー・ウォルフ・カーン、ベン・ポラック、ジョー・ヴェヌーティなどとセッション・ミュージシャンやバンドメンバーとして活動しました。彼の最も注目すべき演奏の一つは、1933年のエディ・コンドンの録音「The Eel」でのソロでした。これがフリーマンの長いヘビのような即興演奏のあだ名になりました。フリーマンはトミー・ドーシー楽団(1936年から1938年)や1938年のベニー・グッドマン楽団と共演しました。その後、サムマ・カム・ローデ・オーケストラ(1939年から1940年)を結成しました。第二次世界大戦中には米国陸軍に入隊し、アリューシャン列島の米軍バンドを率いました。


戦後、フリーマンはニューヨークに戻り、自らのグループを率いました。彼はまた、バック・クレイトン、ルビー・ブラフ、ヴィック・ディキンソン、ジョー・ジョーンズとも共演しました。1960年には、ブロードウェイミュージカル「Beg, Borrow or Steal」の本と歌詞を書きました。この中にはバラード「Zen Is When」も含まれており、後にデイヴ・ブルーベック・カルテットが1964年のアルバム「Jazz Impressions of Japan」で録音しました。彼は1969年と1970年にはWorld's Greatest Jazz Bandのメンバーでした。1974年にはイギリスに移り、録音や演奏を続けました。フリーマンはマン島に滞在し、マン島のミュージシャンであるジム・ケインのゲストでした。1980年にシカゴに戻って以降も、80代になっても活動を続けました。


彼は2つの回顧録(「You Don't Look Like a Musician」(1974年)、「If You Know of a Better Life, Please Tell Me」(1976年))と、ロバート・ウルフとの自伝(「Crazeology」)を執筆しました。1992年には、フリーマンはビッグバンドとジャズの殿堂入りしました。

 

WAITER-Uではキャンプのみならず、音楽、本、映画もセレクトしています。

Spotifyでプレイリストも作ってますので、よかったらキャンプに行く車の中ででも聴いてみてください。