今日のプレイリスト#32「Count Basie (カウント・ベイシー)」

今日のプレイリスト#32「Count Basie (カウント・ベイシー)」

今日のプレイリスト。32回目の今回は「Count Basie (カウント・ベイシー)」です。

 

下北沢で行きつけにしているレコード屋さん「フラッシュ・ディスク・ランチ」で購入しました。


このお店は、私が世田谷に住み始めて間もないころからずっと通っているレコード屋で、お店がある限り有効なポイントカードは、50スタンプ貯まると15,000円以下のレコードを何枚買っても半額というやばいシステムが人気のお店です。



ジャズ界の伯爵、カウント・ベイシー:不朽の伝説を奏でたスウィングの巨人

スウィングジャズの黄金時代を彩り、その名を歴史に刻んだカウント・ベイシー。彼の音楽は、洗練されたリズムとハーモニー、そして情熱的なソロ演奏が織りなす、まさにジャズの粋と言えるでしょう。その魅力は、時代を超えて多くの音楽愛好家を魅了し続けています。

若き才能、カンザスシティの喧騒の中で花開く

1904年、ニュージャージー州レッドバンクの小さな町に生まれたウィリアム・ジェームズ・ベイシー。幼い頃から音楽に親しみ、ピアノの腕を磨いた彼は、1920年代にジャズのメッカ、カンザスシティへと旅立ちます。ウォルター・ペイジ率いる「ブルー・デビルズ」での活動を経て、ベニー・モーテン楽団に参加。ここで彼は、後に「オール・アメリカン・リズム・セクション」と称される強力なリズム隊を形成し、その才能をさらに開花させていきます。

「ワン・オクロック・ジャンプ」が告げる、スウィングの新時代

1936年、ベイシーは自身のビッグバンド「カウント・ベイシー・オーケストラ」を結成。翌年にはデッカ・レーベルから「ワン・オクロック・ジャンプ」をリリースし、そのシンプルかつ洗練されたサウンドで世界を席巻します。レスター・ヤングのテナーサックス、バック・クレイトンのトランペット、そしてベイシー自身のピアノが織りなすハーモニーは、まさにスウィングジャズの真骨頂。この曲は、ジャズ史に燦然と輝く金字塔として、今もなお多くのファンに愛されています。

苦難を乗り越え、更なる高みへ

第二次世界大戦後の不況は、多くのビッグバンドを解散へと追い込みましたが、ベイシーは諦めませんでした。1951年にビッグバンドを再結成し、サド・ジョーンズ、フランク・フォスターら新たな才能を迎え入れます。そして、ニール・ヘフティやクインシー・ジョーンズといった新進気鋭のアレンジャーとのコラボレーションにより、「ニュー・ベイシー」と呼ばれる新たなサウンドを確立。アルバム「アトミック・ベイシー」や「エイプリル・イン・パリ」など、数々の名盤を生み出しました。

ジャズ界の重鎮として、晩年も精力的に活動

1960年代に入ると、サミー・ネスティコのアレンジによるモダンなサウンドがバンドに新たな魅力をもたらします。ジョー・ウィリアムズやエラ・フィッツジェラルドといったボーカリストとの共演は、ジャズの新たな可能性を示しました。また、フランク・シナトラとの共演アルバム「シナトラ・ベイシー」は、ジャズとポピュラー音楽の融合という新たな境地を切り開いた作品として高く評価されています。

カウント・ベイシーの音楽的遺産

1984年に惜しまれつつこの世を去ったベイシーですが、彼の音楽は今もなお色褪せることなく輝き続けています。その革新的なサウンドと、常に挑戦を続ける姿勢は、後世のジャズミュージシャンたちに多大な影響を与えました。彼の残した数々の名曲やアルバムは、ジャズという音楽の豊かさと奥深さを私たちに教えてくれます。

カウント・ベイシー、それは単なるジャズミュージシャンの名前ではありません。それは、スウィングジャズの黄金時代を象徴する、不朽の伝説なのです。



WAITER-Uではキャンプのみならず、音楽、本、映画もセレクトしています。

Spotifyでプレイリストも作ってますので、よかったらキャンプに行く車の中ででも聴いてみてください。

 

コメントを残す