万里の長城に行ったことがある人も多いかと思いますが大体の場合、高速道路も整備されていて、都市部からアクセスしやすい北京近郊の「八達嶺長城」へ行かれることが多いと思います。もちろん私も2015年に初めて中国を訪れた際に行きました。


長くどこまでも続く壁面にひしめき合うように観光客がいて、これが紀元前214年頃に100万人を動員して作られたのか、と想像もつかない場所に来てしまったという何とも言えない気持ちになったのをよく覚えています。


今回ご紹介するのは、万里の長城のはじまりの地、北京から6,000km以上も先の「長城第一墩」です。

万里の長城

ここから全てが始まったといっても過言ではありません。


そもそも万里の長城が建設された理由はモンゴル側からの攻撃を防ぐためであったり、シルクロードを守るためであったり諸説ありますが、起源にあるのは「不安」という感情が共通していると思います。


貿易の拠点は海路が発達するまでは、ローマを中心として放射線状に道が伸び、アジアと中東の間にあり、言わば貿易都市は現在の甘粛省、敦煌が中心でした。


この街を出ると、その先は肌の色も言語も違う外国なのです。当時の人々は現在のように情報網や交通網が発達していない環境下の中で、貿易のために海外に出ることに少なからずの不安を抱えていて、その不安を少しでも払拭するために宗教建築がこのころに多く建てられ、同時期に敵からの攻撃にも対処できるように万里の長城の建設が進められたと言われています。


「不安」という感情からなにかの行動を起こし、気が遠くなるような壮大な計画も一歩ずつ着実に進めていくことで、衛星写真からでも確認が出来るようなものが出来る。というシンプルだけど、何かを達成するためには忘れてはいけない教訓をこの場所から教えてくれたような気がします。


「旅」は非日常の要素で溢れていて、何か抱えているものを全く別の角度から見れるようにアシストしてくれるような魔力が備わっています。


コロナ禍も落ち着き、比較的に海外にも通常通り出れるようになってきた今、普段なら絶対選ばないような場所を勇気を出してあえて選んで行ってみてはいかがでしょうか。


次は内モンゴル自治区に行ってみようと思います。

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